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中央橋 (梓川) : ミニ英和和英辞書
中央橋 (梓川)[ちゅうおうばし]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [なか]
 【名詞】 1. inside 2. middle 3. among 
中央 : [ちゅうおう]
 【名詞】 1. centre 2. central 3. center 4. middle 
: [はし, きょう]
 【名詞】 1. bridge 
: [あずさ]
 (n) catalpa tree
: [かわ]
 【名詞】 1. river 2. stream 

中央橋 (梓川) : ウィキペディア日本語版
中央橋 (梓川)[ちゅうおうばし]

中央橋(ちゅうおうばし)は、長野県梓川に架かる松本市梓川岩岡と新村小宮・北新を結ぶ長野県道320号倭北松本停車場線〔『梓川村誌 続編』p.380-381〕。
== 概要 ==
梓川地区から松本に通じる通称「岩岡橋」として、地域の人々に利用されてきた〔。1936年昭和11年)に、旧倭村が事業主体となり、長さ229メートルの木橋を架けたもの〔。その後、梓川の氾濫により、橋脚や橋の一部が流されるなど、橋の維持に苦労が続いた〔。
1961年6月の集中豪雨により、146メートルを流失した。合併後の梓川村は、公共土木施設災害復旧事業の認可を受け、復旧工事に当たったが、翌1962年6月にも復旧した部分を流失するなどの不運に見舞われつつも、1963年4月22日に竣工した。復旧総延長229メートル、幅員2.8メートルの木橋だったので、重量制限をして小型四輪以上は通行制限がされた〔。
1960年代後半になると、モータリゼーションの進行が進み、車両交通の増加が見られ、この橋のを増強が求められた。しかし、鋼製橋としての架け替えには県道への格上げが必要であるとして、関連自治体などが「倭北松本停車場線整備促進期成同盟会」を結成して、運動を展開した。この結果、1970年1月に県道に認定されたが、長野県は同盟会に対して、5年間は永久橋化の運動をしないことを条件にしていた。1975年にも、橋脚が流失して復旧工事が行われ、通行止めの事態をもたらしていた〔。
1977年に架替え工事の調査・測量が始まり、翌1978年度から本体工事に着工した。1983年3月、長さ225.45メートル、幅員9.75メートル(うち車道部7.25メートル、歩道部2メートル、分離帯0.5メートル)のPCポステン単純T桁橋として、総事業費5億2800万円の経費で竣工した〔。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「中央橋 (梓川)」の詳細全文を読む




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